2010年12月30日

銀座線万世橋駅

本日もちょっとした雑学をご紹介。

銀座線とは東京の浅草渋谷を結ぶ地下鉄、東京メトロ銀座線のこと。その昔、今の上野広小路駅神田駅の間、ちょうど秋葉原があるあたりに「万世橋駅」という駅がありました。

昭和2年12月30日に浅草〜上野間で開通した日本最初の地下鉄である現東京メトロ銀座線。浅草からずっとオープンカット工法(地上から掘り下げて蓋をする工法)で建設されてきた銀座線ですが、神田まで延伸するためには神田川を超えるために、いよいよ本物のトンネルを掘る必要が出てきました。そのため、工事は神田川の手前で一旦停止。トンネル開通までの間、そこに仮の駅を設置することになりました。それが「万世橋(萬世橋)駅」だったのです。この万世橋駅は単線で、しかも一部階段状であったと言われています。いかにも仮の駅という感じです。昭和5年1月1日開業した万世橋駅は、銀座線が晴れて神田まで開業となった昭和6年11月30日まで、約2年間の短い期間で役目を終えました。

現在ではその姿を見ることはできませんが、秋葉原のラオックス本店の前に地下鉄の換気口があり、そこが当時の万世橋駅への入り口であったと言われています。
posted by zatsugaku at 23:05 | 交通 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月27日

富士山頂の住所

本日もちょっとした雑学をご紹介。

静岡県と山梨県の県境にそびえる日本の最高峰、富士山。県境にあるということは、頂上の住所はいったいどうなっているのでしょうか?

実は富士山の八合目から頂上までは「富士山本宮浅間大社」の私有地であり、明確に県境は定められていません。しかし、夏の一定期間のみオープンしている富士山頂郵便局に手紙を送る場合は「〒418-0011 静岡県富士宮市粟倉地先」で届けることができます。ただし、その郵便が実際に富士山頂に行くわけではなく、富士宮局留めとなり局員がここで受け取るそうです。

というわけで、「富士山頂の住所は決まっていない」が正しい答えなのでした。
posted by zatsugaku at 00:08 | 国内 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月19日

「@」の読み方

本日もちょっとした雑学をご紹介。

「@」は通常「アットマーク」と呼ばれ、メールアドレスなどでよく使われています。

実はこれ、正式名称は「単価記号」といい、会計時に「10個 @ 5$ = 50$」といった使われ方をするもの。メールアドレスで使用されるようになったのは1971年のことです。

日本では「アットマーク」という呼び方が一般的ですが、これは実は英語ではなくて英語圏では「アットサイン」と呼ばれています。国によって呼び方はさまざまで、ドイツでは「サルの尻尾」、イタリアでは「カタツムリ」、スウェーデンでは「シナモンロール」、韓国では「サザエ」と呼ばれています。お国柄が反映されていて非常に面白いですね。
posted by zatsugaku at 02:22 | 文化 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月14日

パトカーの色

本日もちょっとした雑学をご紹介。

日本の警察のパトロールカー(通称パトカー)は、一般的には上半分が白色、下半分が黒色というカラーリングになっているのはご承知のとおり。

今では白黒カラーが当たり前に感じるかもしれませんが、1950年に登場した日本初のパトカーは実は白一色でした。しかし、当時の乗用車のほとんどが白一色だったため、一般車両と区別するためにパトカーの下半分を黒く塗るようになったのが1955年。ちなみになぜ黒色になったかというと、当時はまだ未舗装の道路がほとんどで、汚れが目立たない色ということで黒色が選ばれたそうです。

ちなみに、パトカーは特殊用途自動車に分類される8ナンバーをつけており、これは覆面パトカーでも同じです。(8ナンバーが全てパトカーということではありません。)
posted by zatsugaku at 00:08 | 交通 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月04日

江川卓の8連続奪三振

本日もちょっとした雑学をご紹介。

「8連続奪三振」は読売ジャイアンツのエースとして活躍した江川卓氏が1984年のオールスターゲームで達成した記録。

オールスターゲームでは、なるべく多くの投手を登場させるため投手は3回までしか登板できないという通例があります。つまり3回を三者凡退に討ち取れば9人のバッターに相対することになるわけです。

この年のオールスターゲーム第3戦の2番手として登板した江川は、並み居る好打者達を次々と三振に切って取り、8連続奪三振をあっさり達成。そして迎えた9人目のバッターは近鉄バファローズの大石大二郎。このときの江川なら9連続奪三振も十分可能性があったのですが、江川は更にスゴイ記録を密かに狙っていたのです。

オールスターゲームでの9連続奪三振という大記録は、1971年の第1戦に江夏豊が既に達成しています。江川は、どうせならそのさらに上を行く「10連続奪三振」でなければ意味がないと考えました。しかし前述の通りオールスターゲームでは全ての打者を三振に打ち取っても9連続が限界。そこで考えたのが「三振振り逃げ」。9人目の大石を三振振り逃げでランナーに出せば、記録上は9連続奪三振で10人目のバッターと対戦することができます。だから、勝負の3球目に威力のあるストレートではなく、外に逃げるカーブを投げたのです。

結果、大石はそのカーブを引っかけて2塁ゴロ。夢の10連続奪三振は、夢のままに終わったのでした。これは2010年の某TV番組で江川氏本人が明かしたエピソードです。
posted by zatsugaku at 22:37 | スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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